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ALANET 社長ブログ

京都唯一のスーツメーカーの二代目社長の
ファッションと映画の今昔歴
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蕎麦について  パート2
 前回の松江と出雲の蕎麦の話を割と皆さんが読んでくださったみたいなので、さて続編は何を書こうかと、2−3日前から考えておりました。
私は一体、いつ頃から蕎麦好きになったのか? ぼーっと何気なく考えていたのですが、はっきりとはわかりません。

子供の頃、よく祖母や母親に連れられて、お墓参りに行き、その帰りに東山の下河原(八坂神社の南)の「ひさご」に行き、そこの「茶そば」がおいしかった事が、うっすらと記憶に残っております。その「ひさご」は数年前に建替えされて、すごく立派な蕎麦屋になり、今は「親子どんぶり」が人気を呼び行列ができる店になっておりますが、私の子供の頃は普通の「しもたや」で近所にたくさんある料理屋や置屋に出前する古ぼけた店でした。そして、その古い店は出前優先の店ずくりになっており、店の横に申し訳なさそうにいくつかの客席があるだけで、たいへんレトロでまるで昭和の初期にタイムスリップしたような感じで、お客さんがいっぱい入られても8〜9人で満席になる様なお店でした。
しかし、昔ながらの味で大変人気があり祇園の芸者さんや舞妓さん間でも評判がよく、良く流行っておりました。それが、何かちょっとしたキッカケだったと思いますが今から20年ほど前に観光客の注目の的となり、一大ブレイクしそれ以来行列のできる店となったのです。
 元々、出前中心だったので、機能性の悪い構造で、そこへワーッとお客さんが押し寄せ、もうあまりの客数に、さばききれず、また京都独特の観光地としての立地の良さで思い切って(、、、と思います)すべて建替えされたのです。
勿論、その後もずーっと客足は絶えず昔ながらの味を守っておられます。ただ、来客数が多く、土曜、日曜はなかなか寄り付けませんが、私は今でもチャンスがあれば行っております。

   今や「ひさご」はブランドです。

数年前まで、私の足がまだましな頃はよく散歩がてらに行ったものです。休日に、並ぶのが嫌ですから「ひさご」の開店時間の11時半に合わせて、朝の10位頃店を出て八坂神社へお参りして「ひさご。」へ行きました。

 まだ開店前なのに、後まだ30分もあるというのに、すでに10人ぐらいは並んでおられるという繁盛ぶりです。

 もう一軒記憶に残っているお店があります。

「こずち」と言い、今はもうありませんが、木屋町の六角にあり、母親が好きな店でした。今の様にいかがわしい、いやらしいスナックやキャバクラなどはなく、店の前に高瀬川が流れており何とも言えない風情があり京都らしいお店でした。
鰹や昆布のだしがよくきいていて、そこの「しっぽく」は大変おいしかったです。近所にある老舗の有名店「大黒屋」と親戚関係のお店だったようですが私は詳しく知りません。

  もちろん、その「大黒屋」も私は好きです。

 そんな京都の味にずっと慣れ親しんできた私が、18歳の時に東京へ行く事に成ったのです。その東京の味と京都の味があまりにも違うので、私は一種のカルチャアショックを受けた次第です。
 先日も、その話を入試の時の出来事の一つとして書きましたが、大変辛く、ダシの色が濃く初めて食べた時はビックリしました。何か間違っているのと違うかと思ったぐらいです。

  縁あって、私は原宿に下宿しておりました。

明治通りと表参道の交差点をチョット入ったところです。その頃は、別に何もありませんでしたが私は折角4年間も東京にいるのだから、東京らしいところに住もうと思い捜し歩いて「ここだ」と強くインスピレーション受けました。

      今では、大変な場所です。

私の下宿していたボロアパート(もちろん風呂も便所もありません)のすぐ近くに「増田屋」という蕎麦屋がありなぜかそこへよく行っておりました。
始めはダシがからく、濃く違和感があったのですが、近くて安いというメリットがあり、何回も行っている内にだんだん慣れてきて、逆にその「増田屋」が好きになりました。そこのお店も古く決してきれいな店ではなかったのですが、そこのおばさんは、京都から来た関西弁の学生という事が珍しかったのか、よくしてくださいました。
 いつも私は「はいから蕎麦」と小ライスを食べていました。
その天かすが京都と違い、ごま油で上げてあるので、ごま独特の香りと風味が絶妙でした。そして、ダシが濃いので「おかず」としてご飯が食べられます。そして、たまにお金の余裕がある時か父親が送金してきてくれた日などは、いつもの「はいから蕎麦」をやめて、思い切って「てんぷら蕎麦」を注文しました。あげたてのエビ天が二匹のっており、まだ、ジュウーと音を立てています。

  やっぱり東京のてんぷらはうまいです。

その東京で過ごした4年間は都内のいろんな蕎麦屋へ行きました。そしてその時判明したのです。

     蕎麦は東京が一番です。

粋でいなせでセンスがあります。そして、有名店がいっぱいあります。

  今日はこの辺にしてまた後日東京の蕎麦屋めぐりの話をしましょう。










































 
















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