SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

09
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

ALANET 社長ブログ

京都唯一のスーツメーカーの二代目社長の
ファッションと映画の今昔歴
<< 嬉しい話 | main | 昨年一年間で印象に残った作品 >>
悲喜こもごも
  いつごろから、はじまったのかは知りませんが、年末恒例の催しで、清水寺の管主が今年一年を漢字一字であらわされる行事が先日報道され、ああ、とうとう今年もおしまいかと思いました。
毎年の事ですが、京都は師走の行事が何かと多く、歌舞伎の顔見世や、千本釈迦堂の大根だきにはじまり、嵐山の花灯篭と目白押しです。
 私も毎日、一生懸命頑張っているつもりなのですが、今こうしてこの一年を振り返ってみると一体何をしていたんだろうと反省しきりです。

     「まあいいか。来年、頑張ろう。」

 今年もいろんなことが、ありましたが特別うれしいことと、特別悲しいことがありました。そのうれしかったことは、前回のブログでも書いたのですが、女の子の誕生です。
息子夫婦とは別所帯なので毎日見ているわけではありませんが、顔がどんどん変わっていくのです。生まれたときは、こんな顔で、ちゃんと娘らしく「べっぴん」に成長するのだろうかと心配しましたが、見るたびに可愛らしくなっていきます。

 もう一つ、大変悲しい出来事が12月五日に起こりました。私の家内のお父さんが亡くなられたのです。

 一般的に家内の両親とは、「迷惑をかけられない」「世話にならない」と、妙な男の意地で、ちょっと距離を置き、親しく話はするのですが、なぜか他人行儀で、きっと、娘を嫁にやった男が、「かいしょなし」と思われたくないという潜在的な意識が常に優先するため、いつもちょっとした虚栄を張って接しているのだと思います。
逆の立場で考えると、もし私に娘がいて、その娘の旦那が、頼りなかったら、きっと不安で、と言うよりも不安を通り越して腹が立ってしょうがないと思われます。

 家内のお父さんは、大変立派な方でした。数年前から入院されていて、家族全員が心の準備は、十分できてはいたのですが、いざその事が現実となると、やっぱり覚悟はしていても悲しさと言う物が急激に襲ってくるんだなあと、実感した次第です。
 
その家内のお父さんとの出会いと、思い出をチョットだけ回想したく思います。

     私と家内とは見合い結婚です。

このブログを読んでくださっている方にとって、ちょっとも面白くない話と思いますがしばらくの間おつきあいください。

     40年前の話です。

私は、若い頃から、親父の跡を継いで商売をやっていくつもりでしたので、結婚も、お見合いでしょうと思っていました。学校を卒業し、同業の他社で数年お世話になり、アラネットへ入社したころに、親父の友人が持ってきてくれたのが、そもそもの始まりです。その親父の友人と言うのが、家内のお父さんの弟です。つまり家内のおじさんです。そんな縁でお見合いをしたのです。

     私も家内も初めてのお見合いです。

家も近くで、知らないのは私と家内だけで、両家の親同士は良く知っており、本人同士がお互い気に入りさえすれば、話の進展は大変スムーズです。幸いにも、私も、家内もこの初めての見合いで意気投合し、一気に結婚へと進んでいったのです。春に見合いをして、その年の10月に結婚しました。

    今から思えば、なんと段取りの良い事でしょう。

始めて家内のお父さんに会ったのは、見合いから数日経ってからの事です。今でもその時のことをよく覚えております。

     初めはたいへん怖かったです。近寄りがたい厳しさを感じました。

身なりはきちんとされており、大変おしゃれな方でした。私に対して、満面の笑顔でしゃべってくださいますが、その笑顔の奥にシャープな鋭さを持ち、スキのない接しかたで私を暖かく迎えてくださいました。きっとその時点で、お父さんは腹をくくっておられたのでしょうね。

     私が27歳で、家内が22歳。そして、お父さんが50歳でした。

自分の娘を嫁にやる父親の心情と言う物は、よく映画でもあるように大変複雑な心境であると思われます。しかし、家内のお父さんは私を一人の大人として、人格を認めてくださり、私に対して、たいへん丁寧に、そして優しく接してくださいました。大切に育ててきた自分の娘の一生を、他人に託すのですから、それはただならぬ思いがあったと思います。その時の、お父さんの目を見て、改めてしっかりしなくては、と自覚しました。

     それから40年が経ちました。

お父さんはずうっと、何も言わず、我々を見守ってきてくださいました。とりあえず、お世話になりっぱなしでした。亡くなられた今、この40年を振り返ると、お父さんとの嫌な思い出は何一つありません。
この40年間ずうっとお世話になりっぱなしで、何一つ恩返しをしておりません。
もっと親孝行をしておけばよかったと思いますがことわざにあるように「親はなし」です。

今はただ安らかにお眠りくださいとしか言いようがありませ。

    冥福をお祈り申し上げます。、

























| - | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://blog.alanet.co.jp/trackback/127