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ALANET 社長ブログ

京都唯一のスーツメーカーの二代目社長の
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脱敬老
 今年も敬老の日がやって来ました。私も今年で満65歳ですので晴れて敬老の仲間入りですが、その中には入りたくはありません。そしてまた、テレビで 先日から、うるさく報道しているように65歳以上の人口の占める割合が24,1パーセントだそうです。つまり、ほぼ4人に一人が老人です。私は昭和22年生まれで立派な団塊の世代で一気に今年老人になるのです。然し私の知る限り、私の同級生は老人と呼ばれるような人はほとんどいません。
 まだ私が子供の頃、65歳といえばもう十分年寄りで、イメージとして、その頃思っていた年寄り像と今のそれとは20歳は違うと思います。私が今抱く、いわゆる年寄りと言われる人の年齢は85歳以上であると思っています。しかしながら停年や年金で社会のシステム上65歳という年齢を設定しなくてはならないのは、分かりますが当の本人には老人扱いされるのはイヤです。
 我々団塊の世代は終戦後いわゆるベビーブームで急激に人口が増加し学校にしろ食べ物にしろ就職にしろ全てにおいて競争することが前提であるという原則で育ってきた世代です。厳しい生存競争という舞台におかれて生きてきたため、今の若い人たちよりも、うんと逞しいと自負しております。確かに戦後の日本の復興を遂げたのは戦前の世代の方々ですが昭和40年以降の高度成長を支えてきたのは我々団塊の世代ではないでしょうか?
 さてそんなつまらない一般論はさておき、言いたいことは我々世代のライフスタイルのことです。 
例えば着るものについていえば売り手と買い手に何か大きなギャップがあるように思えます。
デパートやショッピングセンターに行っていちいち調べたわけではありませんが、売り手は65歳ー老人ー老人向けの商品という認識で取り扱っていないでしょうか。我々買い手はそんなおじんくさいもの、又おばんくさいものはいりません。
若い頃からアメリカンカジュアルで育ちバブルを経験し、マクドもケンタッキーも我々世代から急激に広がり、今では当たり前ですが、夜遅くにコンビニにコーラを買いに行くことを始めたのも我々団塊の世代です。
 確かに65歳になって目は悪くなり毛はうすくなり足腰は弱ってますが、気持ちは1965年のままなのです。乗りたい車は今はやりのエコカーではなく燃費なんかまったく無視したカッコイイ、ツーシーターのスポーツカーなのです。そして、できれば横に若い女の子を載せてドライブしユーミンの中央フリーウエイの世界に浸りたいのです。勿論ジーンズはリーバイスの501でスタジャンを着てアンチークのローレックスのダイバーできまりです。そしてヘアースタイルは7−3のアイビーカットにしたいのですが残念ながら大多数のひとはもう、薄くなりしかも白髪ではきまりません。
ポマードをべったり塗ってリーゼントスタイルなんてとってもムリですが心は皆ロックンロールなのです。それなのに65歳になったからといって、老人扱いはされたくないのです。
 世の中の人は本当に我々団塊の世代のことを理解しているのでしょうか?
私は親の後を継いで、息子が本気でやってくれるのを見届けるまでは、死ぬまでこの仕事をやめるわけにはゆきませんが、私の友人の多くは皆まだ隠居など全く考えておらずどの方も精力的です。それなのに何故か世間は65歳になったらみんな老人扱いです。
 おおいに違和感を感じます。
子育てからも解放され、家のローンも終わり、猛烈に働いてきた職場から去り、さあこれから第二の人生なのです。今までオリのなかで飼われていた野獣が野原に放たれたようなものなのです。そんな元気な我々を老人扱いしないでほしいのです。
   以上の理由で敬老を拒否したく存じます。





















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